「これからの人生、
どんなふうに年を重ねていきたいんだろう」
たびたび考えています。
若い頃は、
そんなことを考える暇もありませんでした。
子どもを育て、
家のことを回し、
何かあれば先回りして。
気づけば私はずっと、
家族という車の「運転席」にいました。
がっちりハンドルを握り、
ナビまで操作し、
ときには後部座席からでも口を出す(笑)。
でも最近。
どうやら人生には、
「席替え」があるらしい。
そんなことを思っているのです。
実は去年、
私は足に大きなケガをしました。
玄関先でひどく転び、
重度の捻挫。
1か月以上足を引きずり、
旅行先では初めて
車いすにも乗りました。
杖を貸してもらう。
買い物に行ってもらう。
重いものを持ってもらう。
それまで
「やる側」だった私が、
突然、
「やってもらう側」
になりました。
そのとき、
意外に感じたことがあります。
人に助けてもらうって、
案外、難しい。
「ありがとう」と言えばいいだけなのに、
なんとなく心の奥がザワザワする。
「これくらい自分でできるのに」
「迷惑をかけたくないな」
そんな気持ちが、
ぴょこぴょこ顔を出すんです。
そう、たぶんあれは、
プライド。
半世紀も生きていると、
私たちは知らないうちに
いろんなプライドを背負っています。
仕事をしてきたプライド。
家族を守ってきたプライド。
子どもを育ててきたプライド。
自分のやり方で
なんとかここまで来たというプライド。
失敗したことも、
乗り越えてきたことも、
全部リュックに詰め込んで。
50代になる頃には、
かなりパンパンです。
でも、
プライドって、
全部捨てなくていいんですよね。
むしろ、
持ちつづけたいプライドもある。
自分の好きなものを、
好きと言えること。
誰かに媚びずに生きること。
自分で選んだ人生を、
人のせいにしないこと。
「私はこうありたい」という、
自分なりの美意識や信念。
そういうプライドは、
これからも大事に持っていたい。
自分を高く見せるためではなく、
自分を育ててくれるプライド。
一方で。
「年下には教わりたくない」
「まだ私の方が分かっているし」
「人に頼るのは格好悪いやろ」
「私がやった方が早いじゃん」
そんなプライドは、
これからの人生では
少し重たいかもしれない。
だから50代は、
プライドを捨てる年代ではなく、
プライドを仕分ける年代
なのかもしれません。
「このプライドは、
これからの私を育ててくれるか?
それとも、
これからの私を重たくしちゃうのか?」
そんな基準で、
リュックの中を
一度ぜんぶ床に広げてみる。
「これは持っていこう」
「これは、もういいかな」
「あら、こんなものまで
ずっと持ってたのね(笑)」
なんて言いながら。
まさに、人生後半の荷造りです。
我が家には、
社会人二年目の一人娘がいます。
あんなに小さかった少女が、
今では私より詳しいことも、
できることも、どんどん増えてきました。
以前、娘が冗談まじりに
「お母さんがもし
スッテンテンになっても、
私が生かしてあげるよお」
と笑いながら言ったことがあります。
そのとき私は、
「ああ、
この子はもう
私が守るだけの人じゃないんだ」
と思いました。
私がこの子を支えるばかりだった時代から、
私もこの子に支えてもらう時代へ。
少しずつ、
季節が変わっているのだと。
でも、
自分の人生では、
私はこれからも
ちゃんと運転席に座り、
ハンドルを握りたい。
娘の人生では、
助手席へ。
若い人の得意なことでは、
助手席へ。
誰かに助けてもらう場面でも、
助手席へ。
ハンドルを奪わず、
ナビも勝手に押さず(笑)、
ときどき窓の外を見ながら、
「そっかそっか」
と言っていられる人でいたいのです。
実は、
この「席替え」が
私よりずっと難しいだろうなと思う人が、
そばにいます。
夫です。
彼は、
家業の三代目として長い間、
会社のハンドルを握ってきました。
決める。
守る。
責任を取る。
その年月は、
私よりずっと長く、
ずっと重い。
そして今、
次の世代へ
バトンを渡す時期に来ています。
事業を継ぐというのは、
仕事を渡すことだけではなく、
「自分が決める」という席を
少しずつ譲っていくことでもある。
長く責任を背負ってきた人ほど、
リュックは重くなる。
だから簡単に、
「下ろせばいい」
とは言えません。
その重さは、
ここまで歩いてきた証でもあるから。
でも。
ずっと運転席にいることだけが、
誇りではないのかもしれません。
誰かにハンドルを渡すこと。
任せること。
後ろから見守ること。
必要なときにだけ、
「こういう道もあるよ」
とそっと伝えること。
それもまた、
人生後半の
新しいプライドなのかもしれません。
私は以前、
「かわいいおばあちゃんになりたい」
というnoteを書いたことがあります。
そのときは、
意地を張らず、
素直に助けてもらって、
「ありがとう」と言える人。
そんなおばあちゃんに
なりたいと思っていました。
今は、
そこにもうひとつ加えたい。
席替えが上手なおばあちゃん。
運転席に座るときは、
ちゃんと座る。
でも、
誰かが運転してくれるなら、
「お願いしまーす」
と助手席に座る。
これ、
簡単そうで案外難しい。
だから、
50代の今から
練習しておこうと思っているんです。
プライドは、
捨てるものではなく、
使い分けるもの。
自分を育ててくれるプライドは、
大事に持つ。
自分を重たくするプライドは、
そっとリュックから出す。
そして、
自分の人生では運転席へ。
誰かを信じて任せるときには、
助手席へ。
その席替えが上手になったら、
人生後半はきっと、
もう少し軽く、
やわらかく、
面白くなる気がします。
半世紀かけて
パンパンになったリュックも
これから見たい景色に必要なものだけ持って、
少し身軽に歩いていけたら。
そんな50代も、
なかなかいいなと思っています。
私はまず、
助手席で
ナビを触らない練習からです(笑)。



キャンディさん
おはようございます。☺️
プライドね〜。
あまりないからわからないな…💧
感情の動く方に動く位かな〜。
キャンディさん、おはようございます。
分かります!
自分で意識しないとそれがプライドかも
わからないし
ずっと必要と思っていたそれって
今必要なの?って自分自身への問いかけで
価値観も変わるもんですよね。
あとになって
家庭での生活にベットしても遅いと
妻に言われますが
立ち止まり
気づいただけでも自分だけでも褒めてあげたいと思います