「キャンディさんは、生きるのが上手ですね」
Substackで記事やNotesを書くようになって、
そんなふうに言っていただくことがあります。
うれしく受け取りながら、ふと思いました。
私が「心にひとつ風船を」と言うようになったのは、いつからだろう。
自分株式会社。
人生はゲーム。
50代は展望台。
何かを別のものに見立てるのも、きっとそのためです。
目の前のことを少し違う角度から見て、
明日の自分がふわりと持ちやすい形にする。
その始まりをたどってみたら‥‥
noteを書くよりずっと前の、「眠れない夜」に行きつきました。
結婚してから長い間、不眠に悩みました。
子育てや介護、家のことが重なっていた頃は、夜がとくに長かった。
一度は眠っても、ふと目が覚める。
真っ暗な寝室で天井を眺めていると、
頭の中が真っ昼間のように動き出すのです。
「あの時、家族に言われたひとこと、どうして引っかかったんだろう」
「私は本当は、どうすればよかったんだろう」
「あのとき、安心できたのはなぜ?」
私と、もう一人の私で、夜中の会議です。
家族はみんな眠っているのに、キャンディ社内だけ深夜営業。
しかも議事録なし(笑)。
考え始めるとなかなか眠れません。
それはしんどいことでした。
ただ、
朝になる頃には、その日の気持ちを自分なりに消化できていることも多々ありました。
約30年、そんな夜を過ごしてきました。
あの頃に何を考え、どんな言葉で自分を励ましていたのか。
読み返せるものは何もありません。
頭の中で話して、頭の中で終わらせていたからです。
でも私は、夜ごと、ひたすら同じことを問い続けていたのかもしれません。
それは
「この出来事を、どんな角度から見たら心が楽になるのだろう」
「明日の私は、どうすれば今日より少しうまく飛び越えられるだろう」
同じ出来事でも、かけるメガネを替えたら、少し違う景色に見えるかもしれない。
私はそんな「心のメガネ」を探していたのだと思います。
今、Substackやnoteの記事の中でしている「見立て」は、
あの暗い寝室で少しずつ鍛えられていた、心の筋肉なのかもしれません。
去年、noteを書き始めてから、
夜中に頭の中で会議をする時間は、以前よりかなり減ったように感じています。
昼間のうちに、心に引っかかったことを文字にしているからでしょうか。
先日でちょうど500記事。
やっていることは、昔とそれほど変わりません。
夫のひと言や、娘との距離。
義母との暮らし。
自分の体の変化。
心がプルンと動いた理由を探し、それを少し違う角度から眺めてみる。
ただ、今は、それが文字になって残ります。
読み返すと、「一年前の私は、こんなふうに考えていたんだ」と、
自分でも知らなかった私が浮かび上がってくる。
ずっと頭の中だけでしていた心のお片づけに、ようやく
「記録」がついたのです。
そしてSubstackでは、その日の小さな気づきを、
もう少し遠くまで眺めるようになりました。
そうして言葉にしてきた見立てを100個集め、
先日、Kindleの一冊にもしてみました。
「心にひとつ風船を。」
これも、心のメガネをかけ替えながら見つけた言葉のひとつです。
荷物が重い日に、風船ひとつで空を飛べるわけではありません。
でも、
心に結んでおいたら、少しだけ顔を上げられるかもしれない。
今の私も、上手に飛べない日があります。
それでも、
自分が次の一歩を踏み出せる言葉を探してみる。
その習慣は、noteを始める前から、何十年も私の中にあったのだと思います。
これが、キャンディの自己紹介・第0章。
皆さんにも、昔から自分を助けてきた、名前のない習慣はありますか。
声の追伸です。
娘が小さかった頃の、もうひとつの「見立て」のお話を少しだけ



「生きるのが上手」の裏に、30年近い眠れない夜があった。明るい言葉だけで自己紹介せず、その言葉が必要だった時間まで書いたから厚みが出ていますね。頭の中で消えていた夜中の会議が、今は誰かの明日を軽くする記録になっているのが残りました。
キャンディさん、すご~~くわかります。
わたし以前サブスタックの記事に【ライティングは自分でできるセラピーである】という記事を書いたことがあるんです。
わたしはコラムニストになって明らかに人間関係と人生がかわりました。
「人に言わなくていいことを、言わなくて済む」ようになったんです。
キャンディさん、これからもお互いに書き続けていきましょうね🍬❤🍑