50代の私たちには、「二度目」があります。
昔読んだ本を、もう一度読む。
昔好きだった歌を、もう一度聴く。
すると不思議なことに、
一度目には見えなかったものが見えることがあります。
本は一文字も変わっていない。
歌も同じです。
変わったのは、こちら側。
では、一度目の私と二度目の私では、いったい何が違うんだろう。
そんなことを考えていたら、
私の頭の中に、なぜか
「小さなポーチ」が浮かびました。
若い頃の私も、そのポーチくらいの「経験」は持っていたと思います。
嬉しかったこと。
傷ついたこと。
誰かを好きになったこと。
うまくいかなかったこと。
それなりに、いろんなものが入っていた。
ところが50代になった今、
改めて自分の荷物を見てみると、
ポーチどころじゃない。
サンタクロースの袋くらいになってる(笑)。
その中に入っているのは、
立派な勲章でも、
キラキラした宝石でもありません。
誰かを心配して眠れなかった夜。
家族に腹を立てた日。
子どもの成長が嬉しくてたまらなかった日。
親が年を取ったことに、ふと気づいた日。
どう頑張っても思い通りにならなくて、諦めたこと。
誰かのひと言に救われたこと。
そして、
何事もなく一日が終わった、
何千という「普通の日。」
そんな「日々のかけら」が、もうパンパンに詰まっています。
そう考えると、二度目の私たちは、手ぶらじゃないんですよね。
少し前、私はnoteに、
両親がよく言っていた「大丈夫」という言葉について書きました。
若い頃の私は、その言葉があまり好きではありませんでした。
本当は寂しいのに。
本当は困っているのに。
なぜ「大丈夫」と強がるんだろう。
そう思っていました。
ところが自分が親になり、
娘に同じように「大丈夫」と言っている自分に気づいたとき、
初めてわかったのです。
「ああ。両親も同じだったのか」
昔と同じ「大丈夫」という、たった四文字。
でも二度目に出会ったその言葉の奥には、
一度目には見えなかった”小さな部屋”がありました。
そういえば、バカボンのパパもそうです。
若い頃の私には、
「なんだ、このテキトーなおじさんは」
くらいにしか思えなかった(笑)。
でも、
人生が何でも思い通りになるわけではないことを知った今、
「これでいいのだ」
という言葉が、昔とは少し違って聞こえます。
投げやりなのではなく、
いろいろあったものを抱えたうえで、
それでも最後に「これでいい」と言ってみる。
そんな言葉にも思えてくるのです。
昔読んだ本。
昔聴いた歌。
昔見た映画。
若い頃には「なんだかよくわからない」と思っていた絵。
作品そのものは変わっていません。
でも
二度目の私は、ときどきサンタクロースの大袋から(笑)、
ひとつの「日々のかけら」を取り出します。
「あ、この気持ち、私も知っている」
「そうか。この人もこんな気持ちだったのかもしれない」
そうやって、一度目には存在すら気づかなかった、
もう一つ奥の小さな扉を見つける。
そして、その扉の向こうにある「物語」を、
少しだけ読めるようになる。
もしかすると、年齢を重ねる面白さって、こういうところにあるのかもしれません。
そしてこれは、本や音楽だけの話ではないように思います。
人を見るときも同じです。
誰かの言葉や行動を見て、
「どうしてこの人は、こんなことをするんだろう」
と思ったとき。
もちろん、すべてを理解したり、許したりする必要はありません。
でも
50年以上生きてきた今なら、
「この人がここまで来る間に、何があったんだろう」
と、その人の見えていない時間を想像することができます。
私たちの大袋の中には、自分の経験だけでなく、
これまで出会ったたくさんの人の人生のかけらも入っているからです。
一つの出来事だけでは、人はわからない。
目の前に見えているものの奥には、
「その人だけの長い物語」がある。
そんなことも、少しずつわかるようになってきました。
人生後半というと、
若さがなくなるとか、体力が落ちるとか。
どうしても「失っていくもの」に目が向きがちです。
そして確かに、手放したほうがいいものも増えてきました。
でも、その一方で。
知らないうちに、こんなにたくさん集めてきたものもある。
誰かを愛した日。
心配した夜。
失敗したこと。
諦めたこと。
笑ったこと。
泣いたこと。
そして、
何でもない普通の日々。
それらをサンタクロースの大袋いっぱいに背負って、
私たちはもう一度、昔見たものの前に立つことができます。
若い頃の私たちは、初めて見る世界を夢中で歩いてきました。
そして50代。
今度は、同じ世界をもう一度歩くことができる。
でも、
二度目の私たちは、もう手ぶらじゃない。
だから昔は開かなかった扉が、今なら開くかもしれない。
昔読んだ本を、もう一度。
昔好きだった歌を、もう一度。
昔わからなかった誰かの言葉を、もう一度。
そこには、一度目には出会えなかった物語が待っているかもしれません。
私たちには、「二度目」がある。
そう思うと。
人生後半って、なかなか面白そうじゃありませんか。



バカボンのパパの、あの言葉、「これでいいのだ!」って、子供の頃はモノマネをしながら、ただ言っていただけでしたが、キャンディさんのこの記事のおかげで、その言葉の重みをわかることができました。
そうだ!
これでいいのだ!