これからは「ダシの効いた人」を目指す。
~50代からの展望台シリーズ~
50代になって、私には新しい目標ができました。
「ダシの効いた人」になることです。
……料理の話ではありません。
でも、人生後半をどう生きたいか考えていたら、
なぜか最後は昆布とかつお節にたどり着きました。(笑)
若いころの私は、とにかく「足し算」の料理が好きでした。
「ここにチーズを入れたら、おいしそう」
「バターも入れよう」
「カレー粉も少し」
冷蔵庫を開けるたび、何かを足していました。
人生も、よく似ていた気がします。
経験を足す。
知識を足す。
人との出会いを足す。
資格を取る。
人生前半の私は、目の前に流れてくる経験を
とにかくモグモグ食べ続けていました。
子育て中などは、味わうどころではありません。
早く。
安く。
栄養もあって。
家族みんなが食べられて。
できれば洗い物も少なく。(笑)
料理にも、人生にも、時短とコスパを求めていました。
けれど50代になり、
私が料理に惹かれるポイントは少しずつ変わってきました。
じっくり煮込んだスープ。
発酵食品。
熟成された味噌やチーズ。
そして、昆布やかつお節からゆっくり取ったダシ。
最近の私は、どうやら
「時間がおいしくしてくれるもの」に惹かれるらしいのです。
そして、おもったのです。
これって、人生も同じではないだろうか。
人生前半は、経験を「集める」時代。
人生後半は、その経験を
熟成させる時代。
若いころは、起きた出来事を早食い競争のように、
飲み込むだけで精一杯でした。
子育て。
夫婦げんか。
親との関係。
仕事の悩み。
病気。
失敗。
遠回り。
うれしかったことも、悔しかったことも、その場では意味など分かりません。
ただ、今日を回す。
明日も回す。
それだけで必死でした。
でも50代になり、昔の出来事を
展望台から眺められるようになると、
「ああ、あれはこういうことだったのか」
と、やっと腑に落ちることが増えてきました。
あのときの親の言葉。
あのときの夫との衝突。
あのとき必死だった子育て。
あのときは、ただ苦かった。
ただ、しょっぱかった。
ちょっと焦げてもいました。(笑)
けれど時間を置いてみると、
その経験の味が変わっている。
苦みの奥に、
「別の味があった」こと
に気づく。
そして、自分の中で少しずつ消化され、
やがて血や肉になっている。
経験とは、
起きた瞬間に完成するものではないのかもしれません。
少し寝かせて。
心の中で発酵させて。
何年もかけて熟成させて。
ようやく、
その人だけの味になっていく。
だから50代は、何かが衰え始める時代というより、
半世紀分の経験が、
味になり始める時代
なのではないでしょうか。
若いころの私は
「スパイスの効いた人」に憧れていました。
華やかで。
勢いがあって。
目立っていて。
会った瞬間に「すごい」と思われる人。
もちろん、それも魅力的です。
でも今、私が心惹かれるのは少し違います。
一緒にいるとホッとする人。
話していると、じんわり心が温かくなる人。
大きなことは言わないのに、その一言があとから効いてくる人。
そんな人は、スパイスというより、
ダシ
なのだと思います。
ダシは主役ではありません。
派手でもありません。
けれど、
あるのとないのでは、
料理全体がまるで違います。
昆布だけでもない。
かつお節だけでもない。
煮干しも、干し椎茸もある。
人生もきっと同じ。
成功だけでは出ない味がある。
失敗だけでも出ない。
喜びも。
悲しみも。
苦労も。
笑いも。
人に言えなかった悔しさも。
全部が重なって、
その人だけの「ダシ」になっていく。
私は毎日noteを書いています。
430本以上毎日、何でもない日常を書いてきました。
「今日は何を書こう」と考えているようで、
本当は毎日、
「この出来事には、どんな”味”が
隠れているのだろう」
と、鍋の中をのぞいていたのかもしれません。
義母を支えながら人のたたずまいを考え。
夫への「気をつけてね」から、愛情表現を考え。
納豆を毎日食べながら、習慣と健康考える。
何でもない出来事も、少し離れて眺め、弱火でコトコト煮込んでみると、
案外いい味が出てきます。
もう人生前半のように、
新しい経験を次々と口に放り込まなくてもいいのかもしれません。
だって、
半世紀以上、十分に食べてきましたから。(笑)
これからは、それをゆっくり味わう。
ちゃんと消化する。
慌てて結論を出さず、
自分の中で熟成させる。
それが、人生後半の豊かさなのではないかと思うのです。
ちなみに私は、相変わらず胃はヨワヨワです。(笑)
脂っこいものを食べれば、すぐ胃薬のお世話になります。
でも人生だけは、しっかり消化していきたい。
苦かった出来事も。
しょっぱかった出来事も。
少し焦がしてしまった出来事も。
じっくり発酵させ、熟成させ、
自分のダシにしていきたい。
年齢を重ねるとは、味が薄くなることではない。
ダシが深くなることなのだ。
これからは、そんな
「ダシの効いた人」を目指していこうと思います。



なるほど、ダシですか。かっこいいですね!
本当に気づくと1日が始まっては終わって、流れていくばかりで時が経つのがあっという間で、「一体何をやったんだろう」という、そんな日々が続いてしまいます。
その中で「ダシを効かせる」という発想は、今の私にとってもとても重要だなと感じました。
やっぱり出汁でしたか❗️
他の方のコメント見て、それがあったか〜、と思っていました。
私もいろんなダシをとって、自分だけの味のある人生を歩んでいきたいです✨
そして、それを誰かのダシの素の一つになれたら、もう最高ですね💕