最近、夫に聞く前に、
「AIに聞くこと」が増えました。
たとえば
「あんたが突然死んだら、私や事業はどうなる問題」です(笑)
こんなことも、
AIのない昔なら、夫にそのまま聞いていました。
「もしさ…明日、あなたが突然死んだら、
私は何からしたらいい?」
すると夫は、
「そんな縁起でもないこと言うな」
という顔をして、しばらく黙る。
大事なことだとは分かっている。
でも、その場ですぐ答えられるほど
簡単な話でもない。
そして最後は、
「まあ、その時はその時だろ」
みたいな曖昧なところを残しながら着地する。
いやいや。
その“その時”に困りたくないから、
今考えておきたいんです(笑)
でも最近、
少しわかるようになりました。
夫も、
不謹慎だから怒っているわけではない。
自分がいなくなる未来を
突然目の前に置かれて、
大切な話だと頭ではわかっていても、
心がちょっとザワッとする。
しかも、
適当なことは言えない。
そう思えば思うほど、
ますます口は重くなるのでしょう。
こちらだって、
夫を不安にしたいわけではありません。
ただ、
何を知っておけばいいのか。
何を準備しておけばいいのか。
そこだけ、
冷静に考え、備えておきたいだけ。
そこで最近は、
そういうことは夫に聞く前に、
AIにこっそり聞きます。
「夫が今、突然亡くなった場合、
妻の私が確認しておいた方がいいことはなんでしょう?」
AIは、
「は?縁起でもない」
とも言わず、
機嫌も悪くならず、
淡々と項目を並べてくれます。
便利です(笑)
そして私は、
「ああ。
私が怖かったのは、
ここだったのか」
と知る。
不安をそのまま夫に投げる前に、
一度、
自分の頭の中を整理できるのです。
考えてみれば、
私たち夫婦はちょうど、
子育てがひと段落した頃に、
AI時代へ突入しました。
久しぶりの二人暮らし。
新婚以来です。
まあ、
新婚とはだいぶ様子が違いますが(笑)
昔は、
わからないことも、
迷っていることも、
夫婦の間を
「直接」行ったり来たりしていました。
「これ、どう思う?」
「どう調べたらいいかな」
「いや、それは違うだろ」
「だから私は、そう言ってるんじゃない」
そんな小さなやり取りの中に、
情報交換もあり、
相談もあり、
ときには夫婦げんかまで
セットでついてきました。
ところが今は、
調べものはAI。
旅行の相談もAI。
文章の壁打ちもAI。
人生相談までAI(笑)
すると、
夫婦の会話が
少し、減ったような気がしました。
最初は、
これって、
寂しいことだ。
と思ったのです。
でも最近、
少し違う見方をしています。
それは
夫婦の会話が
減ったのではなく、
夫婦の会話の“仕事”が
変わってきたのかもしれない。
昔は、
二人で一緒に、
同じタイミングで
答えを探していました。
今は、
AIがまず、
答えの候補をいくつも並べてくれます。
たとえば旅行なら、
「ここもあります」
「こんな回り方もできます」
と。
でも、
少し足に障害のある夫のことを考えたら、
名所をもう一つ回るのか。
それとも一つ減らして、
途中のカフェで一時間休むのか。
そこに、
正解はありません。
AIが出してくれるのは、
「できること」。
夫婦が決めるのは、
「私たちは、どうしたいか」。
どうやら、
AI時代の夫婦の仕事は、
答えを出すことから、
「何を選ぶか」へ、
少しずつ変わっていくのかもしれません。
そしてもう一つ。
AIに相談するようになって、
気づいたことがあります。
夫婦には、
相手に話す前に、
一度、
自分で考えた方がいいこともある。
昔の私は、
不安になる。
↓
すぐ夫に話す。
↓
夫もなぜか不安になる。
↓
二人とも機嫌が悪くなる。
という、
謎の家庭内リレーを
よく開催していました(笑)
今は、
不安になる。
↓
まずAIに話す。
↓
「私は何が不安なんだろう」
と整理する。
↓
そして必要なことだけ、
夫に話す。
そんな順番もできます。
AIは、
「夫婦の間に入る第三者」というより、
夫婦の会話の前にある
“小さな前室”
なのかもしれません。
そこで一度、
上着を脱ぐ。
感情の荷物を少し置く。
そして、
「私は本当は、
何を聞きたいんだろう」
と考えてから、
相手のいる部屋へ入る。
これはなかなか、
悪くありません。
ただ。
ここで私は、
ちょっと怖いことにも気づいたのです。
AIに何でも話せるようになると、
夫婦げんかは
減るかもしれない。
それはありがたい。
でも、
「夫婦げんかの途中」でしか
知れなかったことまで、
減ってしまうのではないか。
昔なら、
「そんなこと言うな!」
と夫が怒ったことで、
私は、
「ああ、この人は
自分がいなくなる話が怖いんだ」
と知ったかもしれない。
逆に夫も、
私がしつこく聞くことで、
「この人は、
俺が死ぬことそのものより、
その後、
何をしたらいいかわからないことが
不安なんだな」
と知ったかもしれない。
面倒な会話でした。
でも、
面倒だったからこそ、
知れた相手もいた。
そう考えると、
便利というのも、
なかなか奥が深い。
AIのおかげで、
夫婦は、
お互いをあまり傷つけずに
穏やかに暮らせるようになるかもしれない。
でもその一方で、
お互いの知らない“思考の部屋”も、
少しずつ増えてしまうのかもしれません。
何に悩んでいるのか。
何を怖がっているのか。
どんな未来を考えているのか。
その「途中」を全部AIに預けてしまったら、
夫婦は、
相手をあまり知らないまま、
仲良く暮らすことだって
できてしまう。
それはそれで、
平和です。
でも私は、
ちょっとだけ
もったいない気がするのです。
だからこれからは、
何でも夫婦で話す、
でもなく。
何でもAIに話す、
でもなく。
どの会話を、
二人の間に
「残しておくのか」。
そこを選ぶ時代になるのかもしれません。
調べものは、
AIに任せてもいい。
感情の整理も、
ときには手伝ってもらえばいい。
でも、
「私はどう生きたい」
「あなたはどうしたい」
「私たちは、
これから何を選ぼうか」
そこは、
できれば
二人で話していたい。
AIは、
答えをくれます。
でも、
その答えのあとを
一緒に生きてくれるわけではありません。
子育てを終え、
人生の後半に入った私たちは、
何でも話す夫婦から、
大切なことを
「選んで」話す夫婦へ。
少しずつ、
変わっていくのかもしれません。
でもまず私は、
「あんたが突然死んだら、
私はどうなる問題」を、
もう少しだけAIに聞いてから、
夫の部屋へ
入ってみようと思います(笑)



キャンディさん、おはようございます^^
記事を読み始めて、AIこういう使い方便利だよとか、こう使ってるよ。というような記事かなぁと思って読んでいたら、もう一段深い記事で最後まで興味深く読ませていただきました。
たしかにAIのおかげで便利になったけど、夫婦の会話が必要以上に減ってしまったらと思うと少し悲しいです…。
私もAIは使うけど、そのあとの自分の選択を大事に考えていきたいと思いました。
素敵な記事をありがとうございました✨
自分が亡くなることを考えたくないですよね!
亡くなった後のことまで考えるや準備しておくと長生きするそうです^_^
私は、まだ早いのかもしれませんが第二の人生に移行しようとしています。
AIを超える想像リョクを駆使して^_^